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台湾パイナップルケーキについて

2026年8月●日

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100年以上の時をつなぐ、台湾パイナップルケーキ

― 漢餅文化から現代へ


 今では台湾を代表するお菓子のひとつとして知られる「パイナップルケーキ(鳳梨酥)」。


 その歴史をたどると、現在の姿になるまでには、台湾の食文化や人々の暮らしの変化とともに歩んできた長い物語があります。

そして100年以上の時を経た現在、台湾で育まれてきたパイナップルケーキは海を越え、日本でも新しい広がりを見せ始めています。


 今回は、台湾パイナップルケーキの歴史をたどりながら、その背景にある「漢餅(ハンピン)文化」と、現代へとつながる新しい展開についてご紹介します。




100年以上前から始まる、台湾パイナップルケーキの物語

 台湾パイナップルケーキの歴史をたどると、その原型は100年以上前へと遡ります。

1920年代頃には、小麦粉に砂糖や豚脂などを合わせた生地で餡を包み、焼き上げる漢餅の技法をもとにした菓子が作られていました。


 現在のような四角い形や、バターの香りを楽しむパイナップルケーキとは異なり、その姿や味わいは、台湾の食文化や暮らしの変化とともに少しずつ発展していきます。

その背景にあるのが、台湾で長く受け継がれてきた「漢餅」の文化です。



台湾の暮らしとともに受け継がれてきた「漢餅」

 台湾では、漢餅は単なるお菓子ではありません。

子どもの誕生や成長、結婚、長寿のお祝い、そして春節や中秋節など、人の一生と季節のさまざまな節目に漢餅が登場します。


家族で分け合う。

大切な人へ贈る。

感謝や祝福の気持ちを、お菓子に託して伝える。


 漢餅には、台湾の暮らしの中で大切にされてきた、人と人とのつながりがあります。

中華圏から台湾へ伝わった漢餅は、その土地の風土や食文化と融合しながら、台湾ならではの味わいへと発展してきました。


 パイナップルケーキもまた、こうした菓子文化と製菓技術の流れの中で育まれてきたお菓子のひとつです。




時代とともに変化してきたパイナップルケーキ

 台湾の社会や人々の食生活が変化するとともに、パイナップルケーキもその姿を変えていきました。

生地にはバターなどの乳製品が使われるようになり、餡には台湾産パイナップルや冬瓜を用いるなど、それぞれの作り手が素材や製法に工夫を重ねてきました。


 パイナップルの豊かな香りと酸味を生かしながら、冬瓜を合わせることで、よりなめらかでバランスの取れた味わいに仕上げる。

生地にも工夫を重ね、香りや食感を楽しむ現在のパイナップルケーキへと発展していきました。

そして、かつて季節の行事や贈答と深く結びついていた漢餅の文化は、時代とともに日常でも楽しめるお菓子へ。


 パイナップルケーキは台湾の人々だけでなく、台湾を訪れる海外の人々にも親しまれるようになり、現在では「台湾を代表するお菓子」のひとつとして広く知られる存在となっています。


 伝統を受け継ぎながら、時代に合わせて変化する。

それもまた、漢餅文化が長く受け継がれてきた理由のひとつなのかもしれません。



1890年創業、舊振南が受け継いできたもの 

 舊振南(JIU ZHEN NAN)は1890年の創業以来、台湾で漢餅文化と菓子づくりの技を受け継いできました。

長い歴史の中で大切にしてきたのは、伝統的な製法を守ることだけではありません。


 時代とともに変化する人々の暮らしや味覚に寄り添いながら、受け継いできた技術や文化を次の世代へつないでいくこと。

現在の舊振南の台湾パイナップルケーキにも、そうした漢餅づくりの考え方が受け継がれています。

台湾産の金鑚パイナップルと冬瓜を使用した餡、生地の香りや食感、そして一つひとつ丁寧に焼き上げる製法。


 100年以上にわたり受け継がれてきた菓子づくりの文化は、現在の一つのパイナップルケーキにもつながっています。




台湾から日本へ 

 2026年、舊振南の台湾パイナップルケーキは、日本での展開をスタートしました。

日本でパイナップルケーキをお届けすることは、単に台湾のお菓子を販売することだけではありません。


 一つのパイナップルケーキを味わうことから、その背景にある素材や製法を知る。

さらに、そのお菓子が生まれた歴史や、人と人との間で受け継がれてきた漢餅文化を知る。


 台湾で長く大切にされてきた文化まで含めて日本の皆様にお届けすることも、舊振南の日本展開における大切な想いのひとつです。 



日本で生まれ始めた、新しいパイナップルケーキのかたち 

 そして近年、日本でも「パイナップルケーキ」という存在に、新しい広がりが生まれ始めています。

これまで日本では、パイナップルケーキといえば「台湾旅行のお土産」として知る方が多かったかもしれません。

しかし現在では、本場台湾のパイナップルケーキを日本で楽しめる機会が増え、その味わいや特徴から着想を得た、新しいお菓子やスイーツも登場するようになっています。


 台湾で長い年月をかけて育まれてきた一つのお菓子が、海を越え、異なる食文化の中で新しい表現へとつながっていく。

これは、パイナップルケーキが単なる「台湾のお土産」という存在から一歩進み、その背景にある台湾の菓子文化とともに、日本でも少しずつ知られるようになってきた一つの表れなのかもしれません。



伝統から、現代へ 

 100年以上前から続く歴史の中で、台湾パイナップルケーキは人々の暮らしや食文化とともに、その味わいや姿を変えてきました。

そして現在、その文化は台湾だけにとどまらず、日本をはじめ海外へと広がり、新しい人、新しい食文化と出会い始めています。


 伝統とは、ただ昔の姿をそのまま残すことだけではありません。

大切に受け継がれてきたものが、時代や土地を越えて新しい人へ伝わり、そこからまた新しい楽しみ方や表現が生まれていく。

それもまた、文化が受け継がれていく一つのかたちではないでしょうか。


 舊振南が日本でお伝えしていきたい「漢餅文化」も、決して過去だけのものではありません。

一つのパイナップルケーキを味わうことから、その背景にある台湾の歴史や文化を知る。

そして、台湾で受け継がれてきた漢餅文化が日本で新しい人々と出会い、また次の時代へとつながっていく。


台湾から日本へ。

伝統から現代へ。



 舊振南はこれからも、台湾パイナップルケーキを通して、その背景にある漢餅文化とともに、新しい文化の広がりを日本の皆様へお届けしていきます。





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